2010年3月11日。
ボクは仙台空港の近くで、海を見ながら休憩していた。
営業職のボクは15時頃にここで休憩するのが日課となっていた。
その年の3月31日。
ボクは札幌に転勤となった。
2011年3月11日。
札幌で大きな地震があった。
震源は東北でテレビでは様子が映し出されていた。
ボクがいつも休憩していた場所も映り、津波によって木や家、車まで流される様子を見て絶句しました。
もし転勤で札幌に異動していなければ、その日その時間は確実に津波で飲み込まれた場所に居ただろう…
転勤が無かったり一年遅れて居たら、ボクは確実に死んでいただろう。
死んでしまいたいと思うことがあると、この3.11の事を思い出す。
何かしらのパズルが組み合わさり、ボクはその場におらず生きることができたのである。
しかし望まず亡くなられた方々がたくさん居るのに、逃れたボクが死にたいなんて言うのはどうなんだと。
3月11日が来るたびに今も生き延びているボクは、亡くなられた方々に安らかな眠りをお祈り申し上げるとともに、この出来事を思い出し生きないといけないと思っています。